6年団保護者学習会で心豊かに
2018年8月22日 23時31分全校登校日のあと、昼の部と夜の部に分けて、6年生の保護者の方々と一緒に学習会を行いました。学習内容は、誰もが幸せになるための心づくりと視点についてです。たくさんのというかほとんどの保護者の方々に出席していただいて、自分とはまた違った感覚や価値観を持っている人の意見や話を聞き、自分の考えを表現することで自分の中にまた新たなものさしが出来上がりますよね。自分と他人との違いを認め、受容することは、言葉でいうほど簡単ではありませんが、それは我が子を自分の所有物ではなく、まさに子離れ、子離し、一人の独立した人間として尊重するといったことにつながっていきます。
差別は、まるで静かに息をするかのように、いつもは尊敬しているおじいちゃんやとても優しくて物知りなおばあちゃんや大好きでたまらないお父さんやお母さんが、我が子の、我が孫のためにと間違って思い込んで行われることがあるのです。たちが悪いのは、差別している本人は、相手のことを思っていいアドバイスをしているつもりでいることなんです。「愛は盲目」と言いますが、大好きな我が子を取り返しのつかないくらい傷つけてからでは遅いのです。もちろん、どちらも不幸になり、傷つきます。あんなに大切に大切に育ててきたはずだったのに、だれかを差別し、傷つける子にしてしまうかもしれません。人権・同和教育は、小中と義務教育の中ではしっかりと位置付けられて行われています。いわれのない差別で苦しんだり、差別者となってしまわないためにも、まずは正しく知ることは大切です。知識という服、鎧を身に付け、ずれたり外れたりしないようにきちっと身に付けると、多少ナイフを振るわれても傷つくこともなく、怪我せずに安心して過ごせるというわけです。またナイフを振るうことの愚かさを諭すことだってできます。
子どもたちは日々、集団で生活をすることで、様々な自分との「違い」に直面しています。その違いを認め合って、受容できるようになる、つまり、相手の良さを理解し、自分とは違うけれど認めることができる心が育つとそれぞれの人の個性や素晴らしさを発見できるようになります。みんなのいいところを発見し、表現できる子は、みんなから好かれますよね。視野が広がれば、その人の良さに国籍や肌の色や年齢やもちろん地域やそんな枠組みは飛び越えたところで判断できるようになりますよね。人間の脳みそは安定したがる癖があるので、つい都合のいいように場合分けをしたり仲間分けをして安心しようと思い込んでしまいます。その固定観念は経験の浅さから来る決めつけにつながります。つい偏見をもって他人を判断してしまうと、差別や人を傷つけることになりますね。もちろん合理的に科学的な認識をすることはとても大切です。正しい判断のためにも知識で武装することは重要になります。私たちは日常のニュースや人との関わりの中やいろんなところで常に試されているのです。差別を解消していく生き方ができているかどうか、ダメはダメって言えるかどうか、くだらないことはくだらないと、素晴らしいことは素晴らしいと、表現できるかどうかがカギなのだろうと思います。
すみません、書ききれません。だらだらと、まだまだ足りていませんが、またの機会に・・・<(_ _)>